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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)5218号 判決 1992年10月28日

本訴事件原告反訴事件被告

渡辺末雄

右訴訟代理人弁護士

大西保

本訴事件被告反訴事件原告

株式会社三善

右代表者代表取締役

角田愛子

右訴訟代理人弁護士

小林芳男

荒木俊馬

太田秀哉

主文

一  本訴事件原告の本訴請求を棄却する。

二  反訴事件原告の反訴請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を本訴事件原告反訴事件被告の負担とし、その一を本訴事件被告反訴事件原告の負担とする。

理由

(以下、本訴事件原告反訴事件被告を「原告」といい、本訴事件被告反訴事件原告を「被告」という。)

第一当事者の申立

一本訴事件についての原告の請求

被告は、原告に対し、後記不法行為による損害賠償として、一億七二七四万九一五〇円、うち三四五四万九八三〇円に対する訴状送達の日の翌日である昭和六三年五月一三日から、うち八〇六一万六二七〇円に対する平成二年一月一七日付け訴変更申立書送達の日の翌日以後の日である平成二年一月一八日から、うち五七五八万三〇五〇円に対する平成二年五月一六日付け訴変更申立書送達の日の翌日以後の日である平成二年五月一七日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払え。

二反訴事件についての被告の請求

原告は、被告に対し、賃料ないし賃料相当損害金として、三二三四万四三八五円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成三年二月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払え。

第二事案の概要

一事案の要旨

1  本訴事件について

本訴事件は、被告が原告所有建物につき処分禁止及び占有移転禁止の仮処分決定を得てその執行をしたことが不法行為であるとして、右仮処分決定の執行により生じた損害を請求している事案である。

2  反訴事件について

反訴事件は、被告が原告に対して、賃料ないし賃料相当損害金を請求している事案である。

二争いのない事実

1  別紙物件目録一記載の土地を含む約350.82坪の土地(以下「被告借地」という。)は古くから、亡鎌田米吉の所有であった。米吉は、昭和六二年三月二一日に死亡し、鎌田寿麿子及び鎌田義雄が相続した。

2  被告は、昭和四六年一二月、被告借地について、所有権者米吉の承諾を得て、前借地人である大映から借地権の譲渡を受けて、借地人となった。被告は、被告借地及びこれに隣接する被告所有地約101.45坪の全部を敷地とする、高層テナントビル建築計画を有していた。

3  被告借地中の別紙物件目録一記載の土地の一部約二五坪ないし三〇坪程度(以下「本件係争土地」という。なお、原告が転借権を有する土地の面積及び範囲については争いがある。)については、かねてから原告が転借権を有しており、本件係争土地上には、登記簿上の所有名義人を原告とする、別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)が存在していた。

4  本件係争土地は、渋谷の東急本店通りに面した一等地である。

5  被告が被告借地の借地権の譲渡を受けた後、原告と被告間に、原告が本件係争土地についての転借権を有するか否かについての紛争が発生した。

原告は、昭和二三年一月、本件係争土地について、大映の前の借地人である渋谷土地興業株式会社から所有権者である米吉の承諾を受けて転借した、と主張していた。

被告は、原告は所有権者である米吉の承諾を受けていない無断転借人であると主張していた。

6  原告は、昭和五九年四月二七日、米吉及び被告を相手方とし、本件係争土地について賃貸借及び転貸借契約の目的を堅固建物所有に変更することを求める借地条件変更申立事件(当庁昭和五九年借チ第二五号)を提起した。

7  被告は、昭和五九年一二月一二日、原告を相手方として、原告が無断転借人であることを理由に、本件建物を収去して本件係争土地を明け渡すことを求める訴訟事件(当庁昭和五九年ワ第一四二六二号、以下「本案訴訟」という。)を提起した。

8  昭和六〇年六月四日、東京地方裁判所は、前記借地非訟事件につき、「原告が米吉に本裁判確定の日から三か月以内に一億一四二七万九〇〇〇円を支払うことを条件に、本件係争土地についての賃貸借及び転貸借契約の目的を堅固建物所有に変更する。右賃貸借及び転貸借契約の期間を目的変更の効力の生じた日から三〇年に延長し、転貸借契約の賃料を目的変更の効力の生じた日の属する月の翌月一日以降一か月三六万六〇〇〇円に改定する。」という決定をなし、右決定に対する抗告事件は昭和六一年三月三一日に抗告棄却の決定がなされて、原決定は、同年四月七日に確定した。

9  被告は、同年四月一〇日、原告を相手方として、原告が無断転借人であることを理由に、本件建物についての占有移転禁止及び処分禁止の仮処分申請をなし、同年四月二一日、認容決定を得て、そのころ執行した。これは、右7記載の訴訟事件を本案訴訟とするものであった。

10  昭和六二年二月二五日、東京地方裁判所は、本案訴訟につき、原告が適法な転借権を有することを理由に、被告の請求を棄却する判決をなした。右判決に対する控訴事件については、平成元年一一月三〇日に、控訴棄却の判決がなされ、上告の提起はなされずに確定した。

11  被告は、平成二年四月六日に、本件仮処分の執行を解放した。

三原告の主張

1  被告の本件仮処分申請は、故意または過失に基づく違法なものである。

被告は、原告が所有権者の認める適法な転借権者であることを知りながら本件仮処分申請を行った。

被告は、賃貸借契約にあたり、関係書類に注意したり、所有権者に確認したりすれば、原告が所有権者の認める適法な転借権者であることを容易に知ることができたのに、不注意にも原告が無断転借人であると誤信して本件仮処分申請を行った。

2  原告は、前記借地条件変更の裁判の確定を待って、昭和六一年七月七日、米吉に対して、一億一四二七万九〇〇〇円を支払った。その結果、借地条件が変更された。

3  原告は、借地条件が変更になり次第、本件建物を取り壊して、本件土地に地下一階地上九階建のビルを建築する予定であったが、被告の違法な仮処分申請とその執行により、建築が不可能になり、次の損害を被った。

(1) 原告の建築予定ビルは、遅くとも借地条件変更の一年後である昭和六二年七月七日には完成し、一か月三八三万八八七〇円の利益を原告にもたらすはずであった。昭和六二年七月七日から被告が仮処分の執行取消をなした平成二年四月六日までの三三か月分及び工事期間(平成二年四月七日から一年)の一二か月分を合計すると、逸失利益の合計額は、一億七二七四万九一五〇円である。

(2) 訴状で請求した昭和六二年七月七日から昭和六三年四月六日までの九か月分三四五四万九八三〇円についての遅延損害金は、訴状送達の日の翌日である昭和六三年五月一三日から起算する。

(3) 平成二年一月一七日付け訴変更申立書で請求した昭和六三年四月七日から平成二年一月六日までの二一か月分八〇六一万六二七〇円についての遅延損害金は、右訴変更申立書送達の翌日以後の日である平成二年一月一八日から起算する。

(4) 平成二年五月一六日付け訴変更申立書で請求した平成二年一月七日から平成二年四月六日までの三か月分及び工事期間一年間分合計五七五八万三〇五〇円についての遅延損害金は、右訴変更申立書送達の翌日以後の日である平成二年五月一七日から起算する。

4  被告の反訴請求に対しては、予備的に民法一六九条の五年の消滅時効及び民法七二四条の三年の消滅時効を援用する。

四被告の主張

1  被告が原告に転貸している土地の範囲及び面積には争いがあり、被告は原告に対して本件土地を25.3坪しか転貸していないと主張し、原告は29.68坪転借していると主張している。

右の差である4.38坪の土地については、昭和四六年一一月以降、原告が故意または過失により権限なく占有して、被告の借地権を侵害している。したがって、被告は、原告に対し、右土地4.38坪分について、後記2記載のとおり賃料相当額の損害金の支払を請求する。

2  右土地4.38坪分の賃料相当額は次のとおりである。これは、被告が所有権者に支払った賃料の二倍に相当する額である。

昭和五〇年ころ 坪一万〇二七六円

昭和五七年ころ 坪一万五〇一九円

昭和五八年ころ 坪一万六六〇〇円

昭和五九年ころ 坪一万六八七九円

昭和六〇年ころ 坪一万八〇六〇円

昭和六一年ころ 坪二万〇一四一円

昭和六二年ころ 坪二万一一四八円

昭和六三年ころ 坪二万二二〇七円

平成元年ころ 坪二万三三一七円

平成二年ころ 坪二万四四八二円

平成三年ころ 坪二万五七〇六円

昭和四六年から平成三年一月までの合計額は、別表記載のとおり、一三八二万二七六七円である。

3  25.3坪については、増額地代の請求をする。

被告は、原告に対し、次のとおり、使用損害金増額の意思表示をした。右増額は、公租公課や近隣地代の上昇その他の事情を考慮すると相当なものであり、かつ賃料増額の意思表示としての効力を有するものである。

昭和四六年一一月

月四万〇六〇六円に増額

昭和五〇年 月二六万円に増額

昭和五七年二月 月三八万円に増額

昭和五八万一月 月四二万円に増額

昭和五九年一二月

月四二万七〇五〇円に増額

昭和六〇年一二月

月五〇万九五七五円に増額

昭和六一年一二月

月五三万五〇五五円に増額

昭和六二年一二月

月五六万一八一〇円に増額

昭和四六年から平成三年一月までの被告の供託賃料との差額の合計額は、別表記載のとおり、五二〇九万七六一三円である。

4  右2及び3の合計六五九二万〇三八〇円のうち、三二三四万四三八五円の支払を求める。

5  被告には、本件仮処分申請を行うにあたって、被保全権利の不存在についての故意過失は存在しない。原告が本件係争土地上の原告所有の本件建物を他に譲渡しようとしたので、被告はやむをえず仮処分申請をした。

第三本訴事件についての争点に対する判断

一本件仮処分申請をするについての被告の故意過失について

1  被告が被保全権利がないことを知りながら本件仮処分申請をしたことを認めるに足りる証拠はない。

2  証拠(<書証番号略>、証人角田長興、同南勇二、原告本人)及び弁論の全趣旨により認定した事実は次のとおりである。

(1) 昭和四六年一二月に被告が大映から借地権譲渡を受けた際の米吉と被告間で作成された被告借地についての土地賃貸借契約公正証書(<書証番号略>)第九条には、「賃貸人は本賃貸借物件中現在地に転貸中の西側83.63平方米(弐拾五坪参合)及び東側207.76平方米(六拾弐坪八合五勺)の部分の転貸はこれを承認し賃借人にその承継を認めるものとする。」との記載があり、その西側83.63平方米(弐拾五坪参合)とは、本件係争土地のことを指すものである。

(2) 被告代表者は、大映から借地権譲渡を受ける際、当時の大映安本副社長から、「原告に対しては、大映の必要ある場合にはいつでも明け渡すという条件で本件係争土地を賃している。大映は、必ず原告を立ち退かせて、本件係争土地を更地として被告に引き渡す。」との説明を受けた。そのため、被告代表者は、原告が所有者米吉の承認を得ていない無断転借人であると信じた。ところが、大映がまもなく倒産したため、大映は、被告に対して、更地として引き渡す旨の右約束を履行できなかった。

(3) 被告代表者は、本件仮処分申請当時、原告が、以下の書類を、原告の転借権が所有権者米吉の承諾を得たものであることの根拠として主張していることを知っていた。

① 米吉作成の前転借人塚田宛の本件係争土地上に建物を建築することの承諾書(<書証番号略>)

② 「原告が大映より転借中の本件係争土地について、大映より借地権の譲渡を受けたが、被告は自己使用の必要性があるので更新拒絶の意思表示をする。」旨の記載がある被告代理人弁護士作成の原告宛昭和四七年一〇月二八日付け通告書(<書証番号略>)。

③ 「被告が原告に転貸中の本件係争土地について、原告が地上建物を被告に無断で増改築し、あるいは第三者に譲渡したので、転貸借契約を解除する。」旨の記載がある被告代理人弁護士作成の原告宛昭和五七年八月一七日付け通知書(<書証番号略>)。

(4) 被告代表者は、本件仮処分申請当時、米吉から、<書証番号略>の米吉名義の署名押印は偽造であること、原告は無断転借人であることを聞いて、そのように信じていた。

(5) 昭和六〇年、被告は、本件係争土地を除く被告借地等を敷地として、ビル建築工事を行った。昭和六〇年六月一一日ころ、南勇二の経営する南建設株式会社は、ダミー会社であるパシフィック総合開発株式会社を経由して原告に四億円を無利息で貸し付け、同月一三日、本件係争土地の上に存在する原告所有の本件建物について、パシフィック総合開発のため、売買予約を原因とする所有権移転請求権仮登記及び右貸金を被担保債権とする抵当権設定仮登記がなされた。昭和六〇年七月から八月にかけて、南勇二(パシフィック総合開発社長田中勇二と名乗っていた。)、碧波通商株式会社代表取締役大島康平と名乗る者らが、被告の依頼した右建築工事の請負業者等に対して、数回にわたり、「田中は本件係争土地の転借権を原告から買った。田中は本件係争土地上にビルを建築する予定である。被告はすでに建築工事を開始しているが、本件係争土地とそのほかの被告借地との境界が明らかでないので話し合いたい。」などと申し入れてきた。

3  そこで検討する。

(1)  仮処分命令の本案訴訟において原告敗訴の判決が確定した場合には、特別の事情のない限り、仮処分申請人に過失があったものと推定するのが相当である。

(2)  右2で認定した事実によれば、仮処分申請人である被告に、原告に適法な転借権がないと信じたことにつき相当な理由があったとはとうてい言えない。

(3)  ところで、本案訴訟においては、本案訴訟の原告であった被告は、本案訴訟の被告であった原告が所有権者の承諾を得ていない無断転借人であることのほかに、原告が転借権をパシフィック総合開発あるいは大島康平らに無断譲渡したことを理由とする転貸借契約の解除も、その請求を理由あらしめる事実として主張していた(<書証番号略>)。

右2で認定した事実及びパシフィック総合開発あるいは大島康平らが被告に対して原告から本件係争土地を譲り受けた旨を告げたことについては原告もその主要な原因を作り出したことが明らかであることを総合して考えると、仮処分申請人である被告には、原告が無断譲渡をしたと信じたことについては相当な理由があったものというべきである。

また、被告が、原告が本件係争土地の転借権を無断譲渡をしたことを被保全権利として本件仮処分申請をしたとすれば、本件仮処分と同様の仮処分命令がなされたであろうことも、争いのない事実、右認定事実及び弁論の全趣旨から、容易に推定することができる。

緊急性や迅速性等の仮処分申請事件の特色を考慮すると、仮処分申請事件において被保全権利として主張されなかった本案訴訟の予備的ないし選択的主張に基づいても同様の仮処分命令がなされたことが推定され、その予備的ないし選択的主張が真実であると信じるについて仮処分申請人に相当な理由があった場合には、仮処分申請人には過失がないものと解するべきである。

(4)  そうすると、被告には過失がないことになる。

4 以上によれば、被告には故意過失がないことになるから、原告の本訴事件についての請求は理由がない。

二原告の損害について

1  原告は、原告の建築予定ビルは、遅くとも借地条件変更の一年後である昭和六二年七月七日には完成し、一か月三八三万八八七〇円の利益を原告にもたらすはずであったと主張する。そして、右主張に沿う証拠としては、斉藤吉男証言、原告本人尋問の結果、<書証番号略>(昭和五九年五月三〇日付け渡辺ビル建築計画書)及び<書証番号略>(仮称トラヤビル新築工事見積)がある。

2  しかし、右各証拠は、次の理由から、客観的かつ合理的根拠に基づくものか甚だ疑わしいと言わざるをえないので、採用することができない。

(1) 斉藤証人は、<書証番号略>の作成の経緯、内容の根拠等に関する多くの重要な点についての被告代理人らの質問に対して、明確な供述をすることができず、あいまいな供述に終始している。例えば、後記(2)の地代月額三六万六〇〇〇円という部分は後に書き改めたのかもしれないと供述しながら、昭和五九年当時の地代額について全く答えることができない。

(2) 斉藤証人は、<書証番号略>は昭和五九年五月に作成した旨供述する。

<書証番号略>には、地代として月額三六万六〇〇〇円と記載されている。

昭和五九年五月には、原告は、本件係争土地の地代相当額として、月額三万五九四一円しか支払っていなかった(<書証番号略>、弁論の全趣旨)。月額三六万六〇〇〇円という金額は、昭和五九年四月二七日提起された争いのない事実6記載の借地非訟事件についての昭和六〇年六月四日になされた争いのない事実8記載の決定で出てきた数字である。

<書証番号略>には、着工予定日として作成日付より二年以上後の日である昭和六一年七月七日と記載されている。

昭和六一年七月七日とは、争いのない事実8記載の決定の確定日の三か月後の日(条件変更料一億一四二七万九〇〇〇円の納付期限)であり、かつ、原告が現実に右金員を供託した日である(<書証番号略>、弁論の全趣旨)。

以上の点を考慮すると、<書証番号略>は、昭和六一年七月以降に作成された疑いが濃厚である。

(3) 原告本人のこの点に関する供述は、あいまいであり、斉藤証人の供述のとおり信じているという以上に、独自の根拠を有しないものである。

3  ほかに、原告主張の損害を認めるに足りる証拠はない。

また、一般的に言って、ビル経営は立地条件に恵まれたからといって常に利益を生み出すとは限らず、計画の不適切さ等の理由でビルを建築して賃貸しても赤字を続けることも十分にありうることであるから、具体的な証拠上の根拠なしに一定の金額を逸失利益として認定することはできない。

4  そうすると、原告の本訴事件についての請求は、損害の立証がないという点においても理由がない。

第四反訴事件についての争点に対する判断

一借地権侵害の不法行為に基づく請求について

1  原告が、故意または過失により、適法な転借権を有する範囲を超えて本件係争土地の周囲の土地を占有していることを認めるに足りる証拠はない。

2  被告が原告に転貸している本件係争土地の面積及び範囲は不明確である。

(1) <書証番号略>(大映の前の賃借人兼転貸人である渋谷土地興業株式会社と原告間の、昭和二七年一月付け、本件係争土地についての転貸借契約書)には、転貸土地の面積は二八坪三合と記載されている。

(2) <書証番号略>(渋谷土地興業株式会社作成の原告宛昭和二八年一月ないし三月分賃料領収証)にも、同様に、転貸土地の面積は二八坪三合と記載されている。

(3) <書証番号略>(大映と原告間の、昭和二八年四月一日付け、本件係争土地についての転貸借契約書)にも、同様に、転貸土地の面積は二八坪三合と記載されている。

(4) <書証番号略>(被告代理人弁護士作成の原告宛昭和五七年八月一七日付け通告書で、地上建物を原告が被告に無断で増改築、譲渡をしたことを理由とする解除の意思表示をしたもの)には、転貸土地の面積は「合計99.81m2(但し契約書の記載は二八坪三合)」と記載されている。この99.81m2は、坪数に直すと、三〇坪を上回る数字である。

(5) <書証番号略>(争いのない事実8記載の借地非訟事件についての東京地方裁判所昭和六〇年六月四日決定)には、転貸土地の面積は、合計98.11m2と記載されている。

(6)第三の一の2の(1)記載のとおり、<書証番号略>には、転貸土地の面積は二五坪三合と記載されている。

(7) <書証番号略>(争いのない事実7記載の本案訴訟の訴状)には、被告が原告に対して明渡しを求める土地の面積は、28.47坪と記載されている。

3  また、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 本件賃貸借は、昭和二〇年代に始まるものである。

(2) 転貸当初から、転貸土地の範囲について現地に境界標等は設置されていない。

(3) 転貸土地の面積については、転貸当初から、精度の低い測量と計算で算出されている。

4  右2及び3の事情を考慮すると、転貸借契約の目的たる土地の客観的な範囲についての判断はさておき、仮に原告が現実に転貸借契約の目的たる土地以外の土地を占有していると仮定しても、原告が故意または過失によって転貸借契約の目的たる土地以外の土地を占有していることを認めるに足りない(かえって、故意も過失も存在しないということができる。)。

5  したがって、反訴事件の請求のうち、借地権の侵害を理由とする損害賠償請求の部分は、理由がないことに帰する。

二増額賃料請求について

1  被告は、原告に対して、借地法一二条一項所定の増額請求をしていないことは、被告の自認するところである。

被告は、使用料相当損害金の請求が実質的に借地法一二条一項所定の増額請求に該当すると主張するが、そのように解することはできないから、増額賃料請求は理由がない。

なお、仮に、使用料相当損害金の請求が実質的に借地法一二条一項所定の増額請求に該当するとの被告の主張が認められると仮定した場合の判断を、以下に示しておくこととする。

2  被告が、原告に対して、増額賃料について、その具体的な内容を特定して裁判上の請求をしたのは、平成三年六月一七日である。反訴状には、増額賃料請求権の内容を特定するに足りるだけの具体的な記載がないので、これを民法一四七条所定の請求に該当すると解することはできない。したがって、昭和六一年六月一六日以前の分の賃料請求は、原告の援用する民法一六九条の規定により時効消滅しているから、理由がない。

3  原告は、被告に対し、昭和六一年六月以降、本件係争土地の賃料として毎月三六万六〇〇〇円を供託しており、このことは、被告の自認するところである。そして、被告は、右月額三六万六〇〇〇円を超える部分を未払賃料として請求しているので、この点について判断する。

4  <書証番号略>(争いのない事実7記載の本案訴訟の訴状)には、原告に対し、本件係争土地の賃料相当損害金として、訴状送達の日の翌日から月額四二万七〇五〇円の支払を求める旨の記載がある。<書証番号略>によれば、右訴状は、昭和五九年一二月二七日までには原告に送達されたことが認められる。

しかし、昭和五九年一二月当時の相当賃料額が月額三六万六〇〇〇円を上回っていたことを認めるに足りる証拠はない。

5  <書証番号略>(被告作成の昭和六一年一二月二九日付け原告宛通知書で、昭和六一年一二月末日までの本件係争土地の使用損害金合計二億九六二三万四六一〇円を支払うよう請求する旨の記載がある。)は、具体的な増額された月額賃料の記載がないため、原告にとって月額いくらに増額する旨の意思表示がなされたのか理解することができないので、適法な増額の意思表示と解することができない。

6  そのほかに、被告が、その主張のような賃料増額の意思表示をしたことを認めるに足りる証拠はない。証人角田長興は、被告の主張のとおりの増額の意思表示を被告代表者が原告に対して口頭でした旨供述するが、採用することができない。

7  したがって、結局、反訴事件の請求のうち、増額賃料請求の部分も、理由がないことに帰する。

(裁判官野山宏)

別紙物件目録<省略>

(別表)4.38坪についての損害金一覧表<省略>

別紙25.3坪についての請求地代一覧表<省略>

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